27歳 金工作家
職人と作家の狭間で
職業は金工家です、と人に言えるようになったのはここ1年くらいのことである。
金工家、つまり金属工芸作家、と言ってもどんな事をしているか分かる人は少ないかもしれない。
身近なところで言えば、金槌の丸い鎚目の付いた行平鍋(ゆきひらなべ:和食の板さんなんかが使うようなアルミや銅製の鍋)や、銀や金でできた装身具も金工の仕事の1つである。
前者は金属の平板を金槌で叩いて成形する「鍛金」という技法である。また、後者のように彫刻をしたり鏨と呼ばれる金属用のノミのような道具を使って装飾を施す技法を「彫金」と呼ぶ。私はこの「鍛金」と「彫金」という日本に古来からある技法を用いて主にお茶道具やお香道具などを作っている。
現在は自分で作った作品を販売する他、オーダーを受けて注文制作をするのが仕事の中心である。
ガスバーナーを使って地金を熱したり、金槌を振るったりする、女性にはなかなかハードな仕事。実際に大きな作品を作るとなると筋力も体力もいる。
また、鍛金をするのに必要な当金と呼ばれる鉄製の道具を作るのは、まさに鍛冶屋の仕事である。
1人で仕事をするには場所も道具を揃える事もなかなか大変で、これまでに師匠以外にも大学のOBの方や、町の職人さんや、同業の作家さんなど、多くの方にお世話になってきた。
金工を仕事にしているというと、「すごいね!アーティストなんだね!」と友達に言われたり、母親からも「自分の娘が芸術の道に進むとは思わなかった」と言われたりしたことがあるのだが、
どうもこのアーティストとか芸術家という言葉がしっくりこない。
注文を受けて作っている作品はどちらかと言えば職人仕事という方がぴったりくるものばかりだ。
かといって、図面や設計図をもらって作る訳ではなく、大抵は一からデザインを考えて作る。自分の美しいと思うものを表現として作品に込める。そう言う意味では作家であり、必要な技術を提供できるという意味では職人になりたいと思っている。
鍛金の師匠との出会い
美術系の大学で大学院まで金属工芸を勉強したのち、就職をせずに、鍛金の師匠のもとに通いながら、個人的に注文仕事も受けるようになったのがここ1、2年ほどの事である。
10年20年修行してようやく仕事をおぼえられるかどうかという所謂伝統的な工芸の世界。今の師匠に出会えなければ、こんな短期間で仕事を受けられるまでの技術は身に付かなかっただろう。改めて、恵まれていると実感する。
師匠との出会いは3年前、師匠が三越で開催していた個展の作品を見て、こんなに金工の仕事ができる人はいないと直感的に感じた。
金槌による美しい鎚目とどこまでも丁寧な仕事。作品からは品がにじみ出ていた。会場には銀製の風炉釜(茶道具)も並んでいた。
大学時代に始めた茶道をきっかけに、茶道具を作れるようになりたいと大学院に進み金工を勉強したが、学校での勉強だけでは、プロの仕事にはほど遠い技術である。
もっと勉強したいと切に願っていた私は、この日、運良く頂いた名刺の住所に、翌日には弟子入りを志願する手紙を書いていた。
そうして、週に一度、鍛金の指導をして頂くようになった。
師匠の工房では毎回が新しい発見の連続で、私は金工の魅力にますます惹かれていった。
「金工で食べていくこと」と「金工作家として食べていくこと」の難しさ
弟子入りをお願いしに伺った日、師匠は「金工は食べていけないからやめた方がいい」と仰った。
私の意志を確認するように、「それでも金工をやるの?」と仰った。
金工は陶芸や漆器などに比べても時間とコストがかかる工芸品である。1つの作品を作るのに、数ヶ月かかる事も珍しくない。
例えば銀製のビールコップ1つで何万円もするような高価なものである。
需要は少なく、金工作家として作品収入だけでご飯を食べていくのは本当に難しい。
そんな若手の作家が育たない状況の中で、修行中の私を支えて下さったのは、もう1人の師匠である茶道の先生である。
師匠の元で金工を始めてから、収入がない私に仕事を注文していただいたり、現在仕事でお世話になっているお道具屋さんを紹介して下さったりと色々な形で今も応援して頂いている。
未熟なうちから様々なものを作る機会を頂いて、着実に腕を磨く事ができたのは本当に有難く、感謝してもし切れない。
茶道の先生をはじめ、駆け出しの私に注文をくれたお施主さまの期待に応えるために、今まで、注文仕事として受けた仕事に対しては、100%ではなく、120%以上の仕事をするように心がけてきた。
名前の売れている作家さんに頼むと高いから、駆け出しの私にと依頼が来た仕事にも、作品の質が劣っていると思われたくなかった。
常にその時の持てる力を出し切り、最上の物を納品してきたつもりだ。
そうした仕事が少しずつ認められたのか、作品をウェブなどで公開するようになると、菓子切や茶器、香道具などだんだんと注文が増えるようになった。
だが、注文仕事が増えるのはとても嬉しい反面、忙しくなればなるほど、鍛金の勉強の時間の確保が難しくなる。作家として、自分の作りたい物を作る時間もなくなる。
ここ数ヶ月、注文仕事に追われてもともと勉強したかった鍛金の技術習得に時間が割けず、中途半端な状況が続いていた。
そんな折、つい最近の事である。
師匠から「目先のことだけではなくもっと先のことを考えて仕事をしなさい」「そんなに注文仕事に追われていては鍛金の勉強はできない」
と言われてしまった。
あたりまえであるが、鍛金の技術は3年やそこらで身に付く物ではなく、40年以上プロとして仕事をしている師匠でさえ、まだまだ勉強は尽きないと仰るくらいである。
たしかに、注文仕事が途切れなくなって少しばかりの自信もついていたけれど、鍛金の技術はまだまだ足りない。
自分の目指すレベルには、技術的にも、表現者としても、全く届いていないことに気づいた。
このまま自分のできる仕事だけを受けながらどんどん時間が経ってしまったら、いつか手詰まりになってしまう。
しかし、注文仕事を断ったら、生活していけるの?せっかく築いたお客様との信頼関係は???
注文仕事を通しても学べる事は沢山あるのでは???
ちょうど個展やグループ展のお話も頂いていた状況で、私は自分が何を目指し、どう時間を使うべきか非常に悩んでしまった。
悩みに悩んだ末、注文仕事はある程度整理し、個展のお話は延期にさせて頂いた。
勉強のための作品制作に時間をかけようと思ったのである。
しかし正直なところ、いまでも悩み続けている。
注文仕事を受けながら生活費を稼ぐことと、今後の引出しを増やすための勉強時間の確保、そして作家として個展や公募展など自分の作品を発表していくことの折り合いを
どうつけていくかが、今の私の大きな課題である。
もっとも、これから先もこのことは悩みの種であり続けるのかもしれないが。
金工の道を志したときから、私は「自分にできることは何か」よりも「自分のしたいことは何か」を意識するようにしてきた。
自分の可能性を自分で狭めてしまうのが嫌だったのだ。
学生当時の私はとても金工を仕事にできるほど才能も実力もなかったが、それでも、金工を続けたいと思った。
仕事さえ選ばなければ、金工で食べていく事は何とかできるかもしれない。
しかし、自分が心から尊敬する師匠についた以上、師匠の技の高みまで全く上れないまま、自分にできる範囲の仕事をしていくのはあまりにもったいない。
それは、教えて頂いている師匠にも失礼なことである。
自分が将来何をしたいのか、5年後10年後を考えながら、目の前の課題に誠実に取り組むしかないのだと、今は考えている。
記:藤井由香利
手の仕事に添うこころ
↓銀の板から叩いて作ってます。「南鐐茶器(左)」「南鐐鎚目湯沸(右)」